アストラゼネカ社COVID-19ワクチン接種後の血栓性血小板減少症

はじめに

 2021年5月上旬現在、日本国内でCOVID-19ワクチンの接種を受けた方の人数は、医療従事者で約300万人、高齢者で約25万人となっています。
これまでのところ、すべてファイザー社のBNT162b2ワクチンが使用されていますが、アストラゼネカ社のアデノウイルスベクターワクチン(AZD1222)と、モデルナ社のmRNAワクチン(mRNA-1273)も国内承認申請中であり、モデルナ社については5月21日ころに承認される見込みであると報道されています。

 今後、国民向けのワクチン接種が本格化するにあたって、多くの方が心配されるのは副反応(ワクチン接種による有害な反応)でしょう。
ワクチン接種後に比較的高頻度(10~数10%)で起こる副反応としては、接種部位の痛み、体のだるさ、関節痛、発熱などがあげられますが、これらは接種後2-3日でほぼ消失し、命を脅かすようなことは通常ありません。
 10-20万人に1人の頻度で起こると想定されていた重篤なアレルギー反応(アナフィラキシー)は、医療従事者では約2万7千人に1人(厚生労働省4月30日発表)と予想より多く出現しましたが、現場で迅速に手当てが行われることもあり、これが原因で死亡者が出たとの報道は今のところ目にしておりません。

 ワクチンの副反応に関する報道の中で懸念されるのは、人数は少ないながら出血や血栓に関連したトラブルで亡くなる方がおられることです。

高齢者8人 ワクチン接種後死亡 “因果関係評価できず” 厚労省(NHKニュース)
新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要(厚生労働省:pdfファイル)

 厚生労働省がそれぞれの症例を調査した上での見解は「評価不能」とのことで、現時点ではワクチン接種による副反応とは認定されていません。
一方、ワクチン接種が先行している海外では、アストラゼネカ社やジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンによるまれな副反応として、血栓症が起こりうることを規制当局が認めており、これを受けて当該ワクチンの接種を中止する国も出ています。

デンマーク、英アストラゼネカ製ワクチンを完全に使用中止 血栓懸念で(BBCニュース)
J&Jワクチン、血栓は「非常にまれな副反応」=欧州当局(BBCニュース)

 COVID-19ワクチン接種後の血栓症がどのようなメカニズムで起こるのか、その一端を明らかにした論文がドイツから発表され、4月9日付の The NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE 誌オンライン版に掲載されました。
今回は、この論文の内容を読み解いてみたいと思います。
 
原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2104840

※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。

発端となった症例

  • 元来健康な49歳の医療従事者の女性が、2021年2月中旬にアストラゼネカ社ワクチンの1回目接種を受けた。
  • 接種後2-3日は頭痛、倦怠感、筋肉痛などの軽微な症状だけで経過していたが、接種5日後から寒気や発熱、嘔気、上腹部の不快感を訴えるようになり、接種10日後に入院した。
  • 入院時の血液検査データーでは、血小板の減少と血栓マーカー(D-ダイマー)の異常高値が認められた。
  • CTスキャンでは、門脈や肺の末梢に血栓が認められた。
  • 抗生物質やヘパリンによる治療を開始したが、次第にD-ダイマーの値が上昇し、CTスキャンでは血栓が様々な臓器の血管に拡大した。
  • 治療を継続したが、最終的に消化管出血を併発し、ワクチン接種より11日後に死亡した。
  • 死後に遺体の解剖を行ったところ、脳静脈にも血栓が認められた。

追加された10症例と臨床的情報

  • 2021年3月15日までの期間で、さらに10人がアストラゼネカ社ワクチンの接種後5-16日以内に1つ以上の臓器の血栓症を起こし、このうち5名が死亡した。
  • 発端の症例を合わせて11人のうち、9人に脳静脈の血栓が、3人に内蔵の静脈の血栓が、3人に肺塞栓が、4人にその他の血栓が認められた。
  • 1名は脳出血による死亡後に搬送され、解剖を行われた。脳静脈に血栓があるかは現在調査中である。
  • 11名の年齢の中央値は36歳(22-49歳)で、9名が女性であった。
  • 血小板の減少(中央値20,000/mm3)は、測定可能だった10例の全てに認められた。
  • D-dimerは7例で測定され、全て基準値を超えて上昇していた(1.8-142mg/L)。
  • もともと血液凝固異常を来す疾患を持っていたのは1名だけで、これまでにヘパリンの投与を受けたことがある者はいなかった。

ELISA法による抗体の検出と血小板活性化試験

  • アストラゼネカ社ワクチンの接種後に血栓症をきたした症例は、臨床的な特徴がヘパリン起因性血小板減少症(HIT)と酷似していた。
  • 上記の11症例のうち、血清を入手できた9症例について、HITで高率に検出される、血小板第4因子(PF4)とヘパリンとの複合体に対する抗体を、ELISA法で検査した。
  • また、健康なボランティアから採取した血小板を患者の血清と混合して、血小板が活性化されるかについても半定量的に測定した。
  • 血小板活性化試験においては、未分画ヘパリン、低分子ヘパリン、γグロブリン、PF4を添加して、それぞれが血小板の活性化に与える影響も確認した。
  • 詳細な臨床情報が未確認ながら、アストラゼネカ社ワクチン接種に関連した血栓症が疑われた症例の血清をさらに追加で入手し、これらの症例に対しても上記の検査を行った。

結果

  • 11症例のうち、血清を入手できた9症例全てにおいて、ELISA法でPF4-ヘパリン複合体と結合する抗体が検出された。
  • 上記9例の血清は、健康なボランティアから採取した血小板を活性化させた。
  • 追加で入手した、臨床的に血栓症が疑われた症例のうち、24例でPF4-ヘパリン複合体と結合する抗体が検出された。
  • ELISA法での抗体反応は、PF4-ヘパリン複合体だけでなく、PF4単体に対しても同レベルの強度で認められた。
    (院長注:患者血清中の抗体が、主としてPF4と結合していることを表しているようです。)
  • 血小板活性化試験では、PF4を添加することによって血小板の活性化が大幅に促進された。
    一方で、高濃度の未分画ヘパリンや低分子ヘパリン、γグロブリンを添加すると、血小板の活性化は抑制された。

ディスカッション(論文著者らの見解)

  • ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は、ヘパリンとPF4にで形成される複合体に結合する抗体が、血小板を活性化することによって生じる、重篤な血栓性の血小板減少症である。
  • 今回提示した症例では、ワクチン接種者は一人もヘパリンを投与されていなかったにも関わらず、HITに類似した病態が出現した。
  • 近年、ヘパリン以外の薬剤や感染症、整形外科手術などにおいても、HITに類似した病態が出現することがわかってきているが、これらは重症で全身性の血栓を呈する事が多い。
  • 今回提示したワクチン後の血栓症の症例では、ELISA法でPF4-ヘパリン複合体に対する強い抗体反応を認め、PF4の添加によって増強される血小板の活性化も認められた。
  • 驚くべきことに、ほとんどの検体では、ヘパリンの添加によって血小板の活性化は、むしろ抑制された。
  • 原因と思われる抗体が、ワクチン接種後の激しい炎症によって血小板から放出されたPF4に対して生じた自己抗体なのか、あるいはPF4と交差反応するようなワクチン成分に対して生じたものなのかは、今後の研究が必要である。
  • アデノウイルスは、血小板の活性化を来すことがあると過去に報告されているが、ワクチンに用いられた少量のチンパンジーアデノウイルスが、1-2週間後に血小板の活性化をきたした可能性は低いと思われる。
  • RNAやDNAはPF4と高分子の複合体を形成するため、ワクチンに含まれていたフリーのDNAが抗体形成に関与した可能性は考えられる。
  • 臨床医は、アストラゼネカ社ワクチンの接種後5-20日頃に、脳や腹部臓器など非典型的な部位の動静脈に血栓を生じる患者がまれに存在すると認識するべきである。
  • ワクチン接種後の血小板減少症や血栓症の原因を検索する際には、PF4-ヘパリン複合体に対する抗体を検出する、ELISA法の検査が有効である。
    (院長注:PF4-ヘパリン複合体に対する抗体検査は、HITの診断目的で日本でも保険収載されています。)
  • PF4に対する抗体は、血小板表面のFc受容体(抗体の柄の部分が結合する受容体)と結合して血小板を活性化するが、高濃度のγグロブリンはこれを阻害できる。
    血小板減少による出血が危惧され、抗凝固療法がためらわれるような症例では、高用量のγグロブリンを先行して投与することが望ましい。
  • HITとの類似性を考慮すると、抗凝固療法を行う際にはヘパリン以外の薬剤を使用することが望ましい。
  • この、ワクチンによる血栓性血小板減少症を、HITとの混同を避けるために(VITT=vaccine-induced immune thrombotic thrombocytopenia)と名付けることを提案する。

院長の感想

 ヘパリンは、およそ100年前に発見された古典的な抗凝固薬ですが、効果の発現と消失が早いために扱いやすく、また安価でもあることより、現代医療でも透析を始めとする多くの場面で用いられています。
しかし、まれなヘパリンの副作用として、血栓形成を伴った血小板減少が起こることがあり、これをヘパリン起因性血小板減少症(HIT)と呼びます。
HITの詳細については、下のリンクをご参照ください。

ヘパリン起因性血小板減少症(難病情報センター)


 今回の論文は、アストラゼネカワクチンの接種後に血栓症を起こした患者の症候がHITと類似していたことを手がかりに、HITで検出される事が多い血小板第4因子(PF4)とヘパリンの複合体に対する抗体(HIT抗体)を検査したところ、多くの症例で陽性になったというものでした。
 ただ、PF4単体に対する抗体反応をELISA法で検査しても同程度の強さで陽性になること、ヘパリンを添加すると血小板の活性がむしろ抑制されたことなどから、ワクチン接種後の血栓症は厳密にはHITと似て異なる病態であり、PF4に対する抗体が大きな役割を演じているものと考えられます。
論文著者は、この病態をVITT(ワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症)という新しい疾患概念として提唱しています。

 VITTが、アストラゼネカ社やジョンソン・エンド・ジョンソン社のような、アデノウイルスベクターを使用するワクチンに固有の副反応なのか、あるいはCOVID-19ワクチンに普遍的な副反応なのかは、4月の時点では判明していません。
米国や欧州では、ファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチン接種後に、VITTを発症したという事例の報告はないそうです。
しかし、国内でワクチン接種後に死亡された方の報道をみると、血栓症や出血など凝固系の異常に関連する死因が多いようにに思われ、あるいは欧米人と比べて体格の小さい日本人では、mRNAワクチンでもVITTを起こすことがありうるのではないかと、個人的には一抹の不安を禁じえません。
国内でワクチン接種後に亡くなられた方についても、血清中にPF4に対する抗体が形成されていなかったかを検証し、結果を公表してほしいと思います。

 国内における新型コロナウイルス感染症の拡大は、流行開始から1年以上を経てもとどまることを知らず、この危機的な状況を打開する方策は、国民を対象とする大規模なワクチン接種以外にはないように思われます。
社会的な要請を考えれば、なるべく多くの方にワクチン接種を受けていただくことが望ましいのですが、たとえまれな副反応であっても、もともと健康な方がワクチンによって生命の危機に陥るようなことは、なんとしても回避しなければなりません。
 今後、ワクチン接種に多く携わる臨床医の立場としては、ワクチン接種から4-5日経過しても何らかの体調不良を訴えるような方には、VITTを念頭に積極的な検査を行うことで、万が一の場合の早期発見・早期治療に努めたいと考えております。

  最後までお読みいただき、ありがとうございました。