バリシチニブ+レムデシビル療法のCOVID-19患者に対する効果

はじめに

 バリシチニブ(Baricitinib)は、関節リウマチに対する治療薬として、2017年よりオルミエント ®という名前で日本国内でも市販されていた飲み薬です。
体内で炎症が起こると、サイトカインという細胞間の情報伝達を行うタンパク質がリンパ球などから放出され、これが様々な細胞の表面にある受容体というタンパク質に結合することで、細胞の中に炎症のシグナルが伝わります。
バリシチニブは、受容体から細胞の中に信号を伝える際に必要な、ヤヌスキナーゼ(JAK)という酵素を阻害することで、サイトカインによって細胞で炎症が起こることを抑える働きを持っています。 
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を重症化させる、いわゆるサイトカイン・ストームに対して有効な薬剤として、米国では昨年11月より抗ウイルス薬レムデシビルとの併用治療が緊急使用許可されていました。
日本では、イーライ・リリー社によって昨年12月にCOVID-19の治療薬として承認申請が行われ、4月21日の厚生労働省の審議会で承認されました。
COVID-19の治療薬としては、レムデシビル、デキサメタゾンに続く3剤目となります。
 今回は、承認の決め手となったと思われる、国際二重盲検試験(ACTT-2)の成績を報告した論文を読み解いてみたいと思います。
論文が掲載されたのは、The NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE 誌の2020年12月11日号です。

原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2031994

※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。

試験デザイン

  • ACTT-2試験は、2020年5月8日より2020年7月1日まで8カ国67施設で行われた、二重盲検プラセボコントロール試験である。(※院長注:日本からも1施設参加)
  • 被検者は1:1の比率でランダムに、A:レムデシビル+バリシチニブ群と、B:レムデシビル+プラセボ群に割り付けられた。
  • レムデシビルは、初日200mg/日、2日目以降100mg/日で、計10日間または退院/死亡のいずれかに至るまで投与された。
  • バリシチニブは、4mg/日(腎機能低下がある場合は2mg/日)を14日間または退院まで投与された。
  • すべての患者には、それぞれの施設での標準的な支持療法(※院長注:輸液や酸素吸入、人工呼吸など)が行われた。
  • すべての患者に対して、禁忌でなければ静脈血栓症に対する予防的治療が推奨された。
  • 施設による特定の方針がない限り、ステロイドホルモンを含む市販薬剤の、COVID-19に対する実験的投与や適応外治療は禁止とした。
  • 一次評価項目は回復までに要した日数、二次評価項目は14日後における患者の状態とした。

試験結果

被験者の構成

  • 1033名の被験者がランダム化され、515名がレムデシビル+バリシチニブ群に、518人がレムデシビル+プラセボ群に割り付けられた。
  • 706名が中等症(人工呼吸なし)、327名が重症(侵襲的または非侵襲的な人工呼吸器を装着)であった。
  • レムデシビル+バリシチニブ群のうち507名が計画通りの治療を受け、498名が28日間の観察を終了するか、治癒/死亡のいずれかに至った。
  • レムデシビル+プラセボ群のうち509名が計画通りの治療を受け、495名が28日間の観察を終了するか、治癒/死亡のいずれかに至った。
平均年齢55.4歳
男性63.1%
白人48.0%
黒人15.1%
アジア系9.8%
被験者の構成(抜粋)

有効性

  • 全体として、レムデシビル+バリシチニブ群は、レムデシビル+プラセボ群と比べて率にして1.16倍多く、1日早く回復した(中央値:7日 vs 8日)。
    これは統計学的に有意な差であった。
  • ランダム化時点での重症度(Ordinal Scale)別に解析したところ、高流量酸素療法(NHF)または非侵襲的陽圧換気(NIPPV)を受けている患者では、レムデシビル+バリシチニブ群の回復率が1.51倍高く、8日早く回復した(中央値:10日 vs 18日)。
  • ステロイドを投与されていた患者223名では、両群の回復率に有意な差は見られなかった(95%信頼区間:0.75-1.48倍)。
  • ランダム化から15日後の時点では、レムデシビル+バリシチニブ群がレムデシビル+プラセボ群に比べ、1.3倍高い確率で回復していた(95%信頼区間:1.0-1.6倍)。
    NHFまたはNIPPVで治療されていた患者(Ordinaly Scale 6)では、2.2倍高い確率で回復していた(95%信頼区間:1.4-3.6倍)
  • ランダム化から14日後、28日後の死亡率には、両群の間に統計学的な有意差を認めなかった。

重症度
(Ordinal scale)
回復率(倍)
(バリシチニブ群/プラセボ群
回復までの日数
(バリシチニブ群)
回復までの日数
(プラセボ群)
4
(酸素不要)
0.88
(0.63-1.23)
5
(4-6)
4
(4-6)
5
(酸素吸入)
1.17
(0.98-1.39)
5
(5-6)
6
(5-6)
6
(NIPPV or NHF)
1.51
(1.10-2.08)
10
(9-13)
18
(13-21)
7
(挿管 or ECMO)
1.08
(0.59-1.97)
2221
重症度ごとの回復率と回復までの日数
カッコ内は95%信頼区間

安全性

  • グレード3(重症)以上の有害事象は、レムデシビル+バリシチニブ群(40.7%)とレムデシビル+プラセボ群(46.8%)で認められた。
  • 薬剤投与と関連性があると判断されたグレード3以上の有害事象は、レムデシビル+バリシチニブ群で25件、レムデシビル+プラセボ群で28件であった。
  • グレード3以上の有害事象として頻度の高いものは、高血糖、貧血、リンパ球減少、急性腎障害であった。
  • 新規の感染症は、レムデシビル+バリシチニブ群(5.9%)よりもレムデシビル+プラセボ群(11.2%)で発生率が高かった(P=0.003)。
    ステロイドホルモンを投与された患者での新規感染症発症率は25.1%と高かった。
  • すべての有害事象、重篤な有害事象、重篤でない有害事象、致死的な有害事象、試験プロトコルの中止につながる有害事象は、レムデシビル+プラセボ群のほうが発生率が高かった。

ディスカッション(論文著者らの見解)

  • 抗ウイルス薬レムデシビルと抗炎症薬バリシチニブの併用療法は、レムデシビル単独での治療と比較して、入院を必要とするようなCOVID-19に対して有効かつ安全であった。
  • 2群間の死亡率に有意差が生じるような被験者数の臨床試験ではないが、予後的にも併用療法のほうが良好な傾向だった。
  • 併用療法の恩恵は、Ordinal Scale 5(酸素吸入)または6(ハイフローまたは非侵襲的陽圧換気)の患者で最も顕著であった。
  • 併用療法による治療期間の短縮は、治療に伴う合併症の減少につながるであろう。また、医療機関の負荷が軽減することで、感染拡大期の医療機関のキャパシティが大幅に増加するであろう。
  • デキサメタゾン(ステロイドホルモン)のCOVID-19に対する有効性が別の臨床試験で示されているが、ステロイドは複数の経路を介して炎症を抑制するため、日和見感染や消化管障害、高血糖、筋力低下などの副作用をきたしうる。バリシチニブは、炎症を抑制するために特定の経路をターゲットにしているため、免疫抑制は軽微である。
  • 抗炎症薬として、バリシチニブとデキサメタゾンのどちらが有効かつ安全であるかを明らかにするには、レムデシビル+バリシチニブとレムデシビル+デキサメタゾンの比較試験を行う必要がある。

院長の感想

 ニュースなどで多くの方がご存じかと思いますが、たとえ新型コロナウイルス感染症を発病しても、ほとんどの患者さんは風邪のような症状をへて軽症のまま治ってしまいます。
しかし、一部の患者さんでは重症化して酸素吸入が必要になったり、更に悪化して人工呼吸器やECMOで生命を維持する治療が必要になったり、最悪の場合亡くなってしまったりします。
このような重症化が起こるメカニズムとしては、ウイルスの感染をきっかけに免疫システムが、いわゆる「サイトカイン・ストーム」を起こし、制御不能な炎症が肺を始めとした臓器に生じてしまうという説が有力です。
このため、新型コロナウイルス感染症の治療としては、①発症早期にはウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬を、②サイトカイン・ストームで重症化した場合には炎症を制御する薬剤を、という二段構えの戦略が必要になります。
新型コロナウイルス感染症に対する治療薬として国内承認された薬剤のうち、昨年5月に承認されたレムデシビル(ベクルリー®)は①の働きを持つ薬であり、昨年7月に承認されたデキサメタゾンは②の働きを持つ薬剤でした。
 今回国内承認されたバリシチニブ(オルミエント ®)は②の働きを持つ薬剤ですが、デキサメタゾンと比較してどちらが有効性・安全性で優れているかは今の所わかっていません。
米国の疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインでは、②の薬剤としてはデキサメタゾンを優先し、副作用の問題(高血糖など)でステロイドホルモンが使用できない症例では、バリシチニブの投与を検討するように記載されているようです。
 一方、日本国内では、昨年末あたりからバリシチニブの保険適応外での使用が認められ、重症のコロナウイルス感染症の患者さんに投与が開始されていましたが、
①肺炎の陰影がCTスキャンで確認され、酸素飽和度が低下し始めるとレムデシビルの投与を開始
②悪化して酸素吸入が必要な状態になると、レムデシビルにデキサメタゾンを追加
③デキサメタゾン投与でもさらに悪化すると、上記2剤にバリシチニブを追加
という形で、デキサメタゾンとバリシチニブのどちらかを選択するというよりは、両剤を併用する医療機関が多いようです。
どちらが治療戦略として最適なのか、明らかになるにはしばらく時間が必要かもしれません。
近々改定されるであろう、厚生労働省の「COVID-19診療の手引き」では、本剤がどのような位置づけで記載されるのか興味があるところです。
第4波の到来による医療機関の逼迫が毎日のように報道されている今日このごろですが、バリシチニブの正式承認によって、投与する医療機関が増加→重症患者のICU滞在日数が短縮→重症病床の逼迫状態が改善、という流れが多少なりとも生じることを期待したいと思います。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

4/25 追記
米国で進行中だったレムデシビル+デキサメタゾン療法とレムデシビル+バリシチニブ療法の比較試験(ACTT-4)が、有効性において有意差が出ない見込みのために新規の症例登録を中止したとの報道がありました。炎症を抑制する薬剤としては、病態に応じてデキサメタゾンとバリシチニブのどちらかを使えば良いと思われます。
(両方使用するとさらなる有効性が期待できるかは、追加で検討が必要と思われます。)