デルタ株に対するワクチンの予防効果

はじめに

2021年7月末現在、東京都における新型コロナウイルスの新既感染者は、1日あたり4000人を突破し、なおも増加する傾向を見せています。
危機感を高めた政府は、東京都に発出していた緊急事態宣言を、周辺の千葉、神奈川、埼玉の3件ならびに大阪府に拡大することを決定しましたが、すでに緊急事態宣言下にあった東京都で感染が抑え込めていなかったことを考えると、その効果は極めて限定的であると考えざるを得ません。

今回の急速な感染拡大には、コロナ禍が長期化する中での「自粛疲れ」や、オリンピッック開会式前後の4連休による人流の増加など、人々の行動面での変化もある程度関与しているものと思われますが、おそらく最大の要因は、コロナウイルスのいわゆる「デルタ株」への置き換わりでしょう。

前週比1.7倍に急増 デルタ株など すでに都内の半数近くか(NHKニュース)

デルタ株(B.1.617.2)は、昨年の12月にインドで検出され、そこから世界に拡大した新型コロナウイルスの変異株で、スパイクタンパクの遺伝子に「L452R」をはじめとする複数の変異を生じています。
従来型と比べて感染力が高いと報告されており、すでに多くの国でアルファ株(旧称:イギリス株)から置き換わって、感染の主体となりつつあります。

デルタ株の感染力、水ぼうそう並み CDC「戦いに変化」と警鐘(ロイター)

デルタ株に対しては、ワクチンの効果も減弱する可能性があるとの報告があり、実際にアメリカではワクチン接種後の人にデルタ株の集団感染が報告されています。

「感染者の7割超がワクチン接種済み」米マサチューセッツ州 デルタ株猛威

一方で、日本国内ではワクチン接種が進んだ高齢者でのコロナ発症が激減しており、感染者の大部分をワクチン接種の進んでいない若年者が占めていることから、ワクチン接種はデルタ株に対してもある程度有効であることがうかがわれます。

果たして、デルタ株に対する現行ワクチンの予防効果はどの程度なのでしょうか?
この疑問について、ある程度の判断材料を与えてくれるような論文が英国から発表され、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE誌の7月21日号に掲載されました。
今回は、この論文の内容を読み解いてみたいと思います。

原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2108891

※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。

試験デザイン

  • ワクチンのデルタ変異への効果を評価するため、2つのアプローチをとった。
  • 1.新型コロナウイルス感染症の症状がありPCR検査を受けた患者において、陽性者と陰性者におけるワクチンの接種状況を比較した。
  • 2.新型コロナウイルス感染者にしめるデルタ株とアルファ株の比率を、ワクチンの接種状況ごとに評価した。
  • ワクチンの接種状況については、
    1回め接種後21日以降から2回め接種の前日までに発症した場合→1回投与
    2回め接種後14日以降で発症した場合→2回投与
    とカテゴライズした
  • 症例ごとのワクチンの接種状況は、英国のワクチン接種者登録システムを参照した。
  • 変異株の検出には遺伝子シークエンスと複数の遺伝子のPCR結果の組み合わせを併用した。

試験結果

デルタ株感染者の特徴

  • 2021年の第12週から第20週までの間に、少なくとも1回のアストラゼネカ(AZD1222)、またはファイザー(BNT162b2)ワクチンの接種を受けたあとで、アルファ株またはデルタ株によるCOVID-19を発症した症例は19,109例(アルファ株14,837例、デルタ株4,272例)だった。
  • デルタ株感染者は、アルファ株感染者と比べて海外渡航歴が多く、インドやパキスタン、その他のアジアと関連した人種的背景を持つ人が多かった。
  • 高齢者や施設入所者の比率は低かった。
  • 何らかの基礎疾患を持つ被検者は、31%であった。

ワクチンの予防効果

  • アルファ株と比較してデルタ株では、1回接種での発症予防効果が、ファイザーで11.9%、アストラゼネカで18.7%低下した
  • 2回接種での発症予防効果は、デルタ株でも低下の幅は小さかった(ファイザー:5.7%、アストラゼネカ:7.5%)
ワクチン接種状況コロナ陰性コロナ陽性陽性/陰性比ワクチンの効果
(95%信頼区間)
非接種96,3717,3130.076
ファイザー1回86414500.05247.5%
(41.6-52.8%)
ファイザー2回15,749490.00393.7%
(91.6-95.3%)
アストラ1回42,8291,7760.04148.7%
(45.2-51.9%)
アストラ2回8,244940.01174.5%
(68.4-79.4%)
アルファ株に対するワクチンの発症予防効果
ワクチン接種状況コロナ陰性コロナ陽性陽性/陰性比ワクチンの効果
(95%信頼区間)
非接種96,3714,0430.042
ファイザー1回86411370.01635.6%
(22.7-46.4%)
ファイザー2回15,7491220.00888.0%
(85.3-90.1%)
アストラ1回42,8291,3560.03230.0%
(24.3-35.3%)
アストラ2回8,2442180.02667.0%
(61.3-71.8%)
デルタ株に対するワクチンの発症予防効果

論文著者らの見解

  • デルタ株では、ワクチン1回接種での発症予防効果がアルファ株と比べて12-19%も低下することがわかった。
  • 一方、2回接種では、発症予防効果の低下はファイザーでもアストラゼネカでも小幅なものであった。
  • 1回接種でのデルタ株への発症予防効果は、いずれのワクチンでも30%台と低い。
  • 2回接種でのデルタ株への発症予防効果は、ファイザーで88%、アストラで67%と充分なものである。
  • 重症化や死亡を抑制する効果については、症例数が不足しており解析できなかった。
  • デルタ株の流行下では、ハイリスク者にはワクチンを2回接種する努力を最大限行うべきである。

院長の感想

最近、ワクチン接種が先行していたイスラエルや英国で、新型コロナウイルスの感染が再拡大しているというニュースが相次ぎ、あるいはデルタ株に対しては既存のワクチンで充分な予防効果が得られないのではないかと懸念しておりました。

しかし、今回の論文を読んだ限りでは、少なくともファイザーのBNT162b2ワクチンは、デルタ株に対しても充分な発症予防効果を持っているようです。
日本での新既感染者に占める高齢者の減少も、このデーターとよく整合するものと思われます。

おそらく、イスラエルや英国での感染再拡大は、接種から半年ほど経過して体内の抗体価が低下した人に、感染が起こり始めているという状況なのでしょう。
たとえ抗体価が下がっていても、ワクチンによる免疫記憶が残っているために重症化は起こしづらく、実際これらの国々での重症者の比率は以前ほどではないようです。

日本国内では、今後ワクチン未接種の方への1回目、2回目接種を進めるのと並行して、先行してワクチンを受けた医療者や高齢者へ、低下してきた抗体価を再上昇させるための3回目(ブースター)接種を行う必要があるのでしょう。

感染者急増のイスラエル、60歳以上に3回目のワクチン接種 8月1日から(BBCニュース)

欧米諸国も3回目分のワクチンを確保しようとする中、感染拡大中の日本が冬に向けてワクチンを確保できるのか。
確保したワクチンを、若年者の1,2回目と医療者や高齢者の3回目のどちらに振り向けるべきなのか。
日本政府は、今後も難しい舵取りを迫られることになりそうです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。