ファイザーとモデルナのmRNAワクチンによるCOVID-19の感染予防効果
目次
はじめに
2021年7月10日現在、日本国内では新型コロナウイルスの変異株(デルタ株)が急激に感染拡大しており、一時200人前後まで減少していた東京都の新既感染者数は、もうすぐ1,000人を突破する勢いとなっています。
事態を重く見た政府は、東京都に4回めの緊急事態宣言を発出することを決定し、緊急事態宣言のさなかでオリンピックが開催されるという、前代未聞の事態となりました。
こうした中で、新規の新型コロナウイルス患者の年齢層に明らかな変化が出始めており、65歳以上の占める比率が低下し始めています。
国内でワクチンを少なくとも1回以上接種した高齢者の割合は、7月10日時点で約76%、2回接種した割合は約47%と、高齢者のかなりの割合の方は、新型コロナウイルスに対する免疫を獲得し始めており、これが高齢患者の減少につながっている可能性が高いと思われます。
今後、ワクチン接種が若年層にまで広がっていけば、いわゆる集団免疫が成立して、国内のコロナ感染は終息に向かうのでしょうか。
集団免疫の成立の成否に最も影響するのは、「ワクチンが感染そのものを予防できるか」という点です。
ウイルスに感染していながら、無症状、または非常に軽い症状しか出ない、いわゆる不顕性感染の状態にある人は、健常者と同様に広い行動範囲で多くの人と接触してしまうことで、無自覚にウイルスを拡散させてしまいます。
しかし、ワクチンによって誘導される免疫が極めて強く、侵入したウイルスが体内に定着できずに排除されてしまうのであれば、不顕性感染にはならず集団免疫は成立しやすくなります。
ファイザーやモデルナのmRNAワクチンについては、発症予防や重症化予防については、極めて高い効果があることがこれまでの報告で示されていましたが、感染そのものの予防効果については、これまで確固としたデーターがなく、「多分あると思われる」程度の状況でした。
ワクチンの感染予防効果を確認するには、多数の無症状の人に定期的にPCR検査を行い、ワクチン接種者と非接種者とでウイルスの陽性率を比較する必要があります。
手間とコストが非常にかかる上、ある程度ウイルスが蔓延している状況でないとPCRの陽性率が低くなるため、難しい研究と言えます。
先日、ファイザーとモデルナのワクチンにより、アメリカの医療従事者や警察・消防・救急関係者について明らかな感染予防効果を認めたという報告が、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE誌の6月30日号に掲載されました。
今回は、この論文の内容を読み解いてみたいと思います。
原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
Prevention and Attenuation of Covid-19 with the BNT162b2 and mRNA-1273 Vaccines
※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。
試験デザイン
- 米国内の6つの州(アリゾナ、フロリダ、ミネソタ、オレゴン、テキサス、ユタ)の医療従事者、警察・消防・救急関係者、その他のエッセンシャルワーカーを対象とした前向き研究を行った。
- 被検者には社会的状況や基礎疾患に関するオンライン調査を行い、新型コロナウイルス患者との接触や、個人防護具の装着の有無に関して毎月報告してもらった。
- COVID-19を疑うような症状がみられた被検者に対しては、発症日、体温の推移、症状が消失した日などを調査した。
- 被検者からは、症状の有無に関わらず、週に1回鼻粘膜の拭い液を採取してPCR検査を行った。COVID-19を疑う症状が出現した場合には、追加のPCR検査を行った。
- 被検者のファイザーまたはモデルナワクチンの接種状況を、電話での聞き取りやワクチン接種カードで確認した。
試験結果
被検者の構成
- 2020年12月14日から2021年4月10日の約4ヶ月間に、3,975名が被検者として解析された。
- 86%が白人で、62%が女性、年齢は18-49歳が72%を占めていた。
- 職業的には、医師等が20%、看護師等が33%、警察・消防・救急関係者が21%、その他のエッセンシャルワーカーが26%であった。
- 何らかの基礎疾患を持つ被検者は、31%であった。
ワクチン接種
- 試験期間中に、3,179人(80%)が、少なくとも1回のワクチン接種を受けた。
- 被接種者のうち、67%はファイザー製BNT162b2ワクチンを、33%はモデルナ製mRNA-1273ワクチンを接種された。
ワクチンによる感染予防効果
- ワクチン非接種の状態は、のべ127,971人日(人数×日数)であった。
- ワクチン部分接種(1回目接種後14日以上経過)の状態は、のべ81,168人日(人数×日数)であった。
- ワクチン完全接種(2回目接種後7日以上経過)の状態は、のべ161,613人日(人数×日数)であった。
- 1回目接種から14日未満の状態は、ワクチンによる免疫効果が不確定なため、解析から除外された。
- 204名(5%)の被検者に、新型コロナウイルス感染が確認された。
- 204名のうち、5名がワクチン完全接種、11名はワクチン部分接種、156名はワクチン非接種だった。
(1回目接種から14日以内の陽性者12名は、解析から除外された) - ほとんど(87%)の陽性者では、陽性となったPCR検査の前後で何らかの症状が出現したが、11%の陽性者は無症状に経過した。
- 地域の流行状況なども加味して補正した結果、ワクチン完全接種による感染予防効果は91%(ファイザー93%、モデルナ82%)、ワクチン部分接種による感染予防効果は81%(ファイザー80%、モデルナ83%)と算出された。
ワクチン接種によるウイルス量の減少
- ワクチン接種者(部分接種+完全接種)では、ワクチン非接種者と比べ、PCRで検出されたウイルス量が40%低下していた。
- ワクチン接種者におけるウイルスの検出期間は、75%が1週間以内であった。
- ワクチン非接種者におけるウイルスの検出期間は、72%が1週間以上であった。
ワクチン接種による発熱の減少と有症状期間の短縮
- PCR陽性者のうち発熱を認めたのは、ワクチン接種者においては25%であったのに対し、ワクチン非接種者においては63%であった。
- ワクチン接種者は、非接種者と比べて、有症状の期間が6.3日、臥床していた期間が2.3日短かった。
論文著者らの見解
- 2つのmRNAワクチンが、症候性ならびに無症候性の新型コロナウイルス感染を抑制する効果は、完全接種で91%、部分接種で81%であり、実社会においても臨床試験と一致するものであった。
- 少数のワクチン接種者に生じたブレイクスルー感染においても、ウイルス量の減少やウイルス検出期間の短縮が見られ、発熱率や有症状期間も減少していた。
- 就労年齢の成人に対し毎週のPCR検査と症状のチェックを行ったこと、調査からの脱落者が少なかったこと、ワクチン接種状況を正確に把握できたことなどが今回の研究の強みである。
- 部分接種者の観察期間が短いこと(平均22日)、ウイルス量が少ないせいでワクチン接種者の感染が検出できていないかもしれないこと、ブレイクスルー感染が少ないために完全接種と部分接種でのPCR陽性者における違い(ウイルス量、有症状期間など)がはっきりしなかったことなどが問題点と言える。
院長の感想
新型コロナウイルスワクチンの感染予防効果については、これまで「多分あると思われる」という程度の曖昧な状況が続いていました。
しかし、イギリスの医療従事者を対象とした研究結果が5月8日付のLancet誌に掲載され、さらに今回の論文が発表されたことで、「ほぼ確実にある」と言えるだけのエビデンスが示されたのではないかと思われます。
今回の研究で重要な点は、症状のある・なしに関わらず、まとまった人数の被験者に定期的にPCRを行い続けたことです。
結果として、ワクチンを受けた人はワクチンを受けていない人と比較して、症状のある・なしに関わらずPCR陽性率がおよそ1/10まで低下し、ワクチンによる感染予防効果が90%近いことが明らかになりました。
やはり、社会が集団免疫を得る上では、ワクチンをなるべく多くの方に受けていただくことが必須であると言えそうです。
今回の論文で少し残念に思ったのは、ワクチン接種後でも感染した、いわゆるブレイクスルー感染者に、無症状(不顕性感染)の人が何人いたのか、補足資料を見ても記載されていなかった点です。
感染者全体での不顕性感染の割合は、およそ11%と低かったようですが、ブレイクスルー感染者で極端に比率が高かったりはしなかったのでしょうか?
もし、ブレイクスルー感染者で不顕性感染の比率が高くなるようであれば、そのような人がワクチン接種後だからとマスクをせずに会食やイベントに参加したりすると、無自覚かつ広範囲にウイルスを拡散しまう事になりかねません。
前述の、Lancet誌に掲載されたイギリスの医療従事者を対象とした研究では、ワクチン非接種者での不顕性感染率は14%、ブレイクスルー感染者での不顕性感染率は19%で、ブレイクスルー感染者で若干高い傾向が認められていますが、これ一報だけでは確実なことはいえません。
この問題に関しては、さらに追加の研究報告を待つ必要がありそうです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。