ファイザーワクチン接種後の抗体価に影響を与える因子

はじめに

 2021年6月25日現在、日本国内で新型コロナウイルスワクチンを少なくとも1回接種された方は、約2500万と人口の20%を突破しました。
ワクチンの供給が十分でないため、5月中旬ころまでは接種数が伸び悩んでいましたが、ワクチンの供給増と自治体や医療機関の接種体制の強化によって、菅首相が目標として掲げていたた1日100万回接種も、6月中旬の時点で達成されました。
このブログをお読みの方の中にも、すでにワクチン接種を受けられた方がおられることでしょう。

 ワクチン接種を受けられた方がきっと一度は持たれるであろう疑問は、「本当に自分の体に新型コロナウイルスへの免疫がついたのだろうか?」ということでしょう。
ワクチン接種後のウイルスに対する免疫力については、血液中の中和抗体の濃度が参考にできますが、抗体濃度の測定には手間やお金がかかるため、一般の方が自分の中和抗体濃度を知ることは、現時点では難しいと思われます。

 先日、千葉大学医学部の臨床免疫学講座より、同大学の附属病院でファイザーワクチンの接種を受けた医療関係者2,015人の抗体濃度に関する論文が発表されました。
「お酒を飲む人は抗体ができづらい」という見出しでマスコミにも取り上げられていたため、ご存じの方も多いかと思います。
6月25日時点では専門家による査読中で、正式に医学雑誌には掲載されていませんが、日本から新型コロナ関連の重要な論文が発表されることは珍しく、内容的にも非常に興味深いため、今回のブログで取り上げさせていただきたいと思います。

試験デザイン

  • 千葉大学附属病院でファイザーワクチン(BNT162b2)の接種を受けた医療従事者のうち、研究への同意が得られた人を被検者とした。
  • 被検者の臨床的背景は、ウェブを用いたアンケート形式で調査した。
  • 新型コロナウイルスのスパイクタンパクに対する抗体価を、ワクチン前(1回目接種の1-2週前)とワクチン後(2回目接種の2-5週後)の血液で測定した。
  • 抗体濃度0.8U/ml 以上を陽性とした。
  • 抗体濃度に影響を与える因子について、単変量解析と多変量解析を行った。

結果

  • 2021年3月3日より4月9日の間に、千葉大学附属病院の職員2,838名のうち2,549名が少なくとも1回のファイザーワクチン(BNT162b2)の接種を受け、このうち2,015名が今回の研究の被検者として登録された。
  • 被検者の年齢中央値は37歳。2,004名(99.5%)が日本人で、1,296名(64%)が女性だった。
  • 10名(0.5%)は、ワクチン接種前に新型コロナウイルス感染症の既往があった。
  • ワクチン接種前の血液では、新型コロナウイルスに対する抗体は18名(0.9%)で陽性となった。このうち、新型コロナウイルス感染症の既往があるものは8名だった。
  • 2回のワクチン接種を受けた1,774名のうち、1,773名でスパイクタンパクに対する抗体が陽性となった(中央値2,060.0U/ml)。
    陽性とならなかった1名は、自己免疫疾患のために強い免疫抑制治療を受けていた。
  • 新型コロナウイルス感染症の既往がある被検者でも、ワクチン接種後は抗体価が中央値で412倍(75%信頼区間309-760倍)と大幅に上昇した。
  • 抗体価に影響を与える因子としては、以下のものが同定された。
    抗体価を低下させる因子(影響の大きい順に):免疫抑制剤の服用、高年齢、2回め接種から採血までの期間、ステロイドホルモンの服用、アルコールの飲用
    抗体価を上昇させる因子(影響の大きい順に):新型コロナウイルス感染症の既往、女性、ワクチンの接種間隔の長さ、アレルギーの治療歴

論文著者らの見解

  • COVID-19ワクチンに対する抗体反応の研究としては、最も大規模なものである。
  • ワクチン接種前に抗体陰性であった被検者は、2回接種後には1名を除き全員で抗体の陽性化がみられた。
    ワクチン接種前に抗体陽性であった18名では、全員で抗体価の上昇が認められた。
  • 2回のファイザーワクチン(BNT162b2)接種は、比較的若年の医療従事者に対して、良好な抗体反応を惹起する。
  • 抗体価に最大の影響を与えた因子は免疫抑制剤であり、過去の研究でも同様な報告がなされているのを裏付ける結果となった。
  • アレルギーの治療歴と抗体価に関連を認めたのは予想外であった。
    診断名や服薬に関する詳細な情報は収集していないが、大部分は花粉症に対する抗ヒスタミン薬の服用であると予測される。
    アレルギー素因と抗体反応との間には、ある程度の関連性があるものと思われる。
  • アルコールの飲用が、抗体価を低下させる因子として新たに検出されたが、これに関してはさらなる研究を行う必要がある。
  • 新型コロナウイルス感染症の既往がある被検者は10名だけであったが、これらの既感染者でワクチン後に見られた強い抗体反応は、過去の報告を裏付けるものである。
  • 高年齢が抗体価を低下させる因子であるという指摘は、過去の研究でも複数報告されており、今回のデーターもそれを裏付けるものとなった。
  • 女性の抗体価が男性よりも高くなる(中央値:2,200U/ml vs 1,805U/ml P<0.001)ことを大規模なデーターで示したのは、今回の研究が初である。
  • ワクチンの接種間隔は18-25日の範囲であったが、間隔が長いほど抗体価は高くなる傾向にあった。
    特別な理由がない限り、投与間隔は短縮するべきではないと考えられる。
  • 2回目接種から採血までの期間が短いほど抗体価が高くなるのは、ワクチン接種後の抗体反応が、2回目接種の14日後に最大になるためだと思われる。
  • ファイザーワクチン(BNT162b2)の効果は普遍的かつ良好であり、実社会において広範囲の人への接種が推奨される。

院長の感想

 この論文の研究が開始された本年3月ころ、院長は新潟県の病院の感染対策室長として、職員へのワクチン接種の準備でてんやわんやの状態でした。
ワクチンはいつ届くのか、一日に何人まで接種できそうか、アナフィラキシーが起こったときにはどのように対応するか、副反応で仕事ができない職員のお休みはどう扱うか等等、検討しなければいけない事項は山のようにあり、さらに新型コロナ感染症の患者の診療や、病院の感染対策をも同時進行で行わなければならなかったため、とても大変な時期でした。
このような混乱の時期の中で、数千人規模の大規模な臨床研究を周到に計画し、2ヶ月弱で有意義なデーターを出してきた千葉大学の先生方には尊敬の念を禁じえません。
今後も半年後、1年後と同じ被検者に抗体価の測定を継続していただけると、ワクチンが有効な期間やそれに影響を与える背景因子も明らかにできるのではないでしょうか。
今後の追加データーの発表を、大いに期待させていただきたいと思います。

 今回の論文で示された、ワクチン接種後の抗体価に影響を与える因子のうち、年齢や性別に関しては、ワクチンの副反応の情報などから無理なく了解可能なものでした。
ワクチン接種後の発熱や倦怠感などの副反応が、若年者や女性でより強く出現するというのは、すでに一般の方でも御存知な常識になりつつありますが、裏を返せばそれだけ強い免疫反応が生じて、多くの抗体が産生されているということなのでしょう。
一過性の副反応については、ワクチンがしっかりと効果を発現している印として、ある程度は許容せざるを得ないのかと思われます。

 また今回の論文では、免疫抑制剤やステロイドホルモンの服用が、ワクチン接種後の抗体価を低下させるというデーターも示されました。
何らかの自己免疫疾患に対し、これらのお薬を服用していらっしゃる患者様は、ワクチン接種の会場にもしばしばお出でになりますが、殆どの方は主治医の先生からワクチン接種の了解をとられた上で来られているため、院長が問診する場合には「お薬の影響でワクチンの効果が若干低下するかもしれませんが、全くワクチンを接種しない状態よりはリスクが低下すると思いますので、予定通り接種しましょう。」とお伝えし、ワクチンを接種していただいています。
ただ、どの薬剤をどのくらいの量で服用していると、どのくらい抗体価が低下するのか、抗体価の低下が感染や重症化のリスクをどれだけ上昇させるのかについては、今のところ十分なエビデンスは存在せず、今後のデーターの蓄積を待つしかないと思われます。

 ワクチンの接種間隔について、18-25日の範囲であれば長いほど抗体価が高くなるというデーターは、非常に興味深いものに思われました。
現在のファイザーワクチンの接種間隔は、海外の臨床試験のものをそのまま採用し、原則21日間と定められていますが、あるいは最高の免疫反応を得るためには、より長い間隔を開けて接種するべきなのかもしれません。
アストラゼネカ製ワクチンの場合も、ワクチン供給の問題で接種間隔が延びてしまったところ、むしろ有効性が高まったとされています(2月21日のブログ参照)。
とはいえ、社会における新型コロナウイルスの感染拡大が切迫しているような状態では、なるべく短期間にたくさんの方が2回のワクチン接種で免疫を完成させることが望ましく、接種間隔の極端な延長は、今すぐには行うべきではないと思われます。
当面は、短すぎる接種間隔では十分な抗体反応が得られない可能性をお伝えし、適正な間隔を開けて接種を受けていただくこと、また、ぴったり3週間後に2回目の接種が予約できなくて困っている方には、若干間隔が延びてもおそらく問題ないであろうことをお伝えし、安心していただくことを心がけたいと思います。

 アルコール摂取と抗体価との関係については、まだ不明な点が多すぎて何ともいえません。 
ワクチンの副反応について現在よりも多くの方が不安を感じていた時期であるため、よほどお酒好きな人でない限りは、ワクチン接種の当日や翌日は飲酒を控えたことと思われますが、それでも抗体価に影響があったとすれば、飲酒習慣が基礎的な免疫力を低下させているのでしょうか?
とはいえ抗体価に与える影響は、免疫抑制剤や性別、年齢と比べれば小さいため、お酒が好きだからワクチンの効果が期待できないという事はないと思われます。

今後も希望される方々にスムーズなワクチン接種が行われ、国内での新型コロナウイルス感染症が一日も早く収束することを願い、診療にあたらせていただきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。