イスラエルにおけるファイザー社COVID-19ワクチンの集団接種の効果

はじめに

 昨年12月より、世界に先行してファイザー社のCOVID-19用mRNAワクチン(BNT162b2)の、国民に対する大規模な接種を開始したイスラエルですが、2月末の時点では、人口約920万人のうち440万人以上が1回目の接種を終了。2回目の接種を終えた人も、300万人を越えたと報道されています。
 2月下旬ころ、「ワクチンが臨床試験と同程度に高い予防効果を発揮している。」というイスラエル当局からの発表が行われましたが、その土台になったと思われるデーターが医学論文として公表されたため、当ブログでも取り上げてみたいと思います。
臨床試験のように対象者に厳しい条件をつけず、実社会の多様な背景の人々に対して大規模な接種を行った場合でも、ワクチンは期待通りの効果をあげられたのでしょうか?
同じワクチンの接種が開始された日本の数カ月後を占う意味でも、非常に重要な論文だと思われます。

 この論文は、The NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE 誌のオンライン版に、2月24日付で掲載されました。
原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2101765/

※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。

試験デザイン

  • イスラエルの人口の53%をカバーする、同国最大の保険機関(Clalit Health Services)のデーターを用いて行われた観察研究である。
  • 16歳以上で、過去にPCRで新型コロナウイルス陽性と診断されたことのない人を対象とした。
  • 2020年12月20日より2021年2月1日にかけて、新たにワクチン接種を受けた人と、ワクチン接種を受けていない人(コントロール)を、年齢、性別、信仰、居住地、インフルエンザワクチンの接種歴、妊娠の有無、COVID-19が重症化しうる因子の数などの条件を合わせて、1:1のペアとして追跡した。
  • 寝たきりの人、施設入所者、医療従事者、居住地の情報がない人、体格(BMI)や喫煙に関する情報がない人、ワクチン接種の前3日以内に医療機関との関わった人などは、感染リスクや重症化リスクが不均一なため、対象から除外した。
  • ①COVID-19に関係したイベント(感染の診断、有症状での発症、入院、死亡のいずれか)
    ②COVID-19と無関係な死亡
    ③ペアとなったコントロールの人に対するワクチンの接種
    のいずれかが生じた場合には、観察期間中でも追跡を終了した。
  • COVID-19の重症化因子は以下の通り
    ①確実な重症化因子:癌、慢性腎疾患、慢性閉塞性肺疾患、心疾患、実質臓器の移植歴、BMI30以上の肥満、妊娠、喫煙、II型糖尿病、鎌状赤血球症
    ②重症化因子の可能性がある:気管支喘息、脳血管疾患

試験結果

観察対象者

  • 596,618人の新規ワクチン接種者が、条件を合わせた同数の非接種者とのペアで追跡された。
  • 高齢者には優先してワクチン接種が行われたため、非接種者とペアにすることが難しく、観察対象者はワクチン接種者全体と比べて若く、重症化のリスク因子が少ない傾向であった。
  • コントロールとして選択された非接種者の44%は観察期間内にワクチン接種を受け、その時点で観察終了となった。

コントロール
(ワクチン非接種)
ワクチン接種者
総数596,618人596,618人
男性298,059人
(50.0%)
298,059人
(50.0%)
年齢中央値45歳
(35-62歳)
45歳
(35-62歳)
16-39歳213,090人
(35.7%)
213,090人
(35.7%)
40-69歳304,514人
(51.0%)
304,514人
(51.0%)
70歳以上79,014人
(13.2%)
79,014人
(13.2%)
重症化因子
なし
338,384人
(56.7%)
338,384人
(56.7%)
重症化因子
1-2つ
196,545人
(32.9%)
196,545人
(32.9%)
重症化因子
3つ以上
61,689人
(10.3%)
61,689人
(10.3%)
高血圧101,017人
(16.9%)
103,028人
(17.3%)
体重超過
(BMI:25-30)
203,296
(34.1%)
212,778人
(35.7%)
観察対象者の構成(論文中の表より抜粋、再計算)

ワクチンの有効性

  • 平均15日間の観察期間に、10,561人の感染が診断された。この内5,996人(57%)が有症状での発症であり、369人が入院を要した。
    229人は重症となり、41人が死亡した。
  • ワクチン接種群で21日以上観察された人の96%以上は、2回目のワクチン接種を受けていた。
  • ワクチンの推定予防効果は下表のように、接種後の経過日数とともに上昇した。

時期感染の診断発症入院重症化死亡
1回目接種後
14-20日
46%
(40-51)
57%
(50-63)
74%
(56-86)
62%
(39-80)
72%
(19-100)
1回目接種後
21-27日
60%
(53-66)
66%
(57-73)
78%
(61-91)
80%
(59-94)
84%
(44-100)
2回目接種後
7日以降
92%
(88-95)
94%
(87-98)
87%
(55-100)
92%
(75-100)
NA
各期間におけるワクチンの予防効果
カッコ内は95%信頼区間
NAは算出不能
  • 性別、年齢、重症化因子の数など、対象者の特性ごとにグループ化して解析を行ったところ、いずれのグループにおいても良好な予防効果が認められた。
  • 重症化因子を多数もつ対象者では、予防効果がわずかに低下した。
  • 無症候感染に対する予防効果は、2回目接種後7日以降で90%(95%信頼区間:83-94%)であった。
    ※イスラエルでは定期的、集団的なPCR検査は行われていないため、全ての無症候感染を発見できたわけではない。
感染の診断発症
男性
91%
(80-96)
88%
(71-98)
女性
93%
(88-97)
96%
(90-100)
16-39歳
94%
(87-97)
99%
(90-100)
40-69歳90%
(82-95)
99%
(96-100)
70歳以上95%
(87-100)
98%
(90-100)
重症化因子
なし
91%
(83-96)
93%
(78-100)
重症化因子
1-2つ
95%
(88-98)
95%
(88-100)
重症化因子
3つ以上
86%
(72-95)
89%
(68-98)
肥満95%
(88-100)
98%
(91-100)
II型糖尿病
91%
(71-100)
91%
(68-100)
高血圧93%
(85-99)
95%
(84-100)
各グループでのワクチンの予防効果
(2回目接種後7日目以降の値のみ抜粋)
カッコ内は95%信頼区間

ディスカッション(論文著者らの見解)

  • COVID-19の累計発症率のグラフは、ワクチン接種者の曲線と被接種者の曲線が、1回目接種の12日後から乖離し始めた。
    これは、承認前の第III相試験の際にも認められた現象である。
  • 第III相試験の際は、ワクチンの重症化予防効果は、わずか10症例をもとに算出されたものであったが、今回の研究では229例をもとに算出している。
  • 第III相試験よりも対象者の数が多いため、対象者を細かくグループ化して解析を行うことができた。その結果として、70歳以上の高齢者でも、ワクチン接種により若年者と同様な予防効果が得られることが明らかとなった。
  • ①Clalit Health Services の充実した医療情報データーベース
    ②イスラエル国内における迅速なワクチン接種キャンペーン
    ③キャンペーン中のイスラエル国内における高い新型コロナウイルス感染率
    のいずれもが、BNT162b2ワクチンの有効性を評価するのに非常に適した条件となった。
  • 観察期間中、イスラエル国内で検出された新型コロナウイルスは、B.1.1.7変異(イギリス変異)の比率が80%近くまで上昇しつづけていた。
    今回の研究の結果から、BNT162b2ワクチンは、B.1.1.7変異にも有効と考えられる。
  • ワクチン接種者と非接種者では、健康を追求する行動が大きく異なり、結果としてCOVID-19の発症率に影響してしまうことから、今回の試験では、多くの要素についてマッチングした接種者と被接種者のペアを作り追跡した。
    ワクチンの予防効果が出はじめる、1回の接種から12日目までは、接種者と非接種者の累積発症率のグラフはほぼ重なっており、マッチングは成功したと思われる。
  • 今回の研究により、BNT162b2ワクチンは、臨床試験同様に実社会でもCOVID-19の予防に高い有効性を有することが示された。

院長の感想

 イスラエルは、近隣諸国と常に緊張状態にあるという政治的状況のため、政府や公的機関の状況判断や政策実行が非常に迅速で、なおかつ国民も政府や公的機関の指示によく従う国という印象があります。今回の研究は、このようなイスラエルの特性が遺憾なく発揮された結果ではないでしょうか。
人口が一千万人に届かず、国土も比較的小さな国であるという点を考慮しても、ワクチンの集団接種の体制をまたたく間に確立し、わずか2ヶ月あまりで全国民の半数近くにワクチン接種を行った手際の良さは尋常ではありません。しかも、ワクチン接種と同時進行で詳細なデーターの解析を行い、実社会におけるコロナワクチンの有効性を、誰の目にも明らかな形で証明してみせました。
おそらく、世界でイスラエル以外のどの国にもなし得ない偉業であると思われ、畏敬の念を禁じえません。

 いわゆる「ワクチンの効果」に関しては、
①体内に侵入したウイルスを排除して感染そのものを成立させない、「感染抑制の効果」
②感染が成立しても症状が出ないまま治癒させてしまう「発症抑制の効果」
③感染症を発症しても重症化させない、「重症化抑制の効果」
④患者を死亡させない、「死亡抑制の効果」
の4つの側面で考える必要がありますが、今回の論文によりBNT162b2ワクチンは、少なくとも②③④について非常に高い効果を持っていることが実証されたと思われます。
①については、無症候感染と診断された人がどのような状況でPCR検査を受けたか不明なため、確実性は②③④より低くなりますが、ワクチン接種群での無症候感染者は明らかに少ない傾向であり、感染抑制効果も相当程度に期待できそうです。

 今後、BNT162b2ワクチンに関してさらに明らかにしていくべき課題があるとすれば、
①妊婦や小児に対する有効性と安全性
②臨床試験で発見できないレベルの、極めてまれな副作用の有無
③予防効果がどれだけの期間持続するか
④社会の構成員の一定比率がワクチンを接種したら、集団免疫が成立するか
などであると思われます。
これらの課題に対しても、近いうちにイスラエルが回答を出してくれるかもしれません。
期待して続報を待ちたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。