目次
1.ざっくりと5項目で解説
- 結核菌の近縁である、『非結核性抗酸菌』というグループの細菌が起こす、慢性の肺炎です。
- 土壌や家庭の水場などから肺に感染し、数年から数十年かけて肺を徐々に傷つけます。
- 初期にはほとんど症状がありませんが、進行すると微熱や咳、痰(ときに血痰)など、結核に似た症状が出てくることがあります。
- 結核とちがい、人から人にうつることは通常ありません。
- 薬が効きづらいため、気長な治療が必要です。ご高齢で無症状の方では、治療せずに様子を見ることもあります。
2.病気のメカニズム
抗酸菌と非結核性抗酸菌
自然界には多くの細菌が存在しますが、その中に染色検査で共通の特徴を示す、抗酸菌というグループがあります。
抗酸菌の代表は結核菌とらい菌であり、それ以外の抗酸菌をまとめて「非結核性抗酸菌」といいます。
非結核性抗酸菌は、現在100種類以上が発見されており、これらの菌が起こす感染症を「非結核性抗酸菌症」といいます。
人への感染
非結核性抗酸菌は、住居や自然環境の、水や土ぼこりの中に広く分布しています。
洗い物や入浴、加湿器の使用、家庭菜園での土いじりなどの際に、微細な水滴や土ぼこりと一緒に肺に吸い込まれますが、吸い込まれた菌が肺の中で定着・増殖するか、免疫系によって排除されるかは、人によって異なります。
統計上は、非結核性抗酸菌症を発症するのは中高年の女性が圧倒的に多いとされていますが、その理由については明らかになっていません。
MAC(Mycobacterium Avium Complex)
非結核性抗酸菌症の70-80%は、アビウム菌(M.avium)またはイントラセルラー菌(M.intracellurar)によるものです。
日本では、東日本でアビウム菌が、西日本でイントラセルラー菌が多く検出される傾向にあります。
アビウム菌とイントラセルラー菌をあわせて、MAC(Mycobacterium Avium Complex:マック)と呼んでおり、MACによる肺炎を肺MAC症といいます。
その他に非結核性抗酸菌症を起こす菌としては、カンサシ菌(M.kansasii)、アブセッサス菌(M.abscessus)などがあります。
結節・気管支拡張型(NB型)と繊維空洞型(FC型)
非結核性抗酸菌症の画像所見は、結節・気管支拡張型(NB型)と、繊維空洞型(FC型)の2つに大別されます。
★結節・気管支拡張型(NB型)
心臓に近い右肺の中葉、左肺の舌区と呼ばれる部分を中心に病巣が形成されます。
肺の奥(末梢)にある気管支とその周囲で炎症が起こり、気管支がただれて拡張したり、その周囲に粒~結節状の影が見られたりします。
非結核性抗酸菌症の患者さまの大部分は、こちらのタイプの陰影を呈します。
★繊維空洞型(FC型)
肺結核でも見られるような空洞状の病変が、おもに肺の上葉に形成されます。
肺に基礎疾患がある方、糖尿病などで免疫力が低下している方などでは、こちらのタイプの陰影を呈する事があります。
症状と経過
非結核性抗酸菌は増殖が非常に遅い菌であり、その病巣は数年から数十年をかけてゆっくりと拡大するのが一般的です。
ただし、繊維空洞型の病像を呈している方や、免疫不全の患者さまでは、数ヶ月単位で急激に進行するような事例もあります。
軽症の方はほとんどが無症状ですが、進行すると咳、微熱、倦怠感、痰がらみ、時に血痰などの症状があらわれ、結核に似た病像を示します。
3.診断のながれ
画像検査
軽症の非結核性抗酸菌症は病巣が小さく、レントゲン検査によって発見・評価することが困難です。
CTスキャンは、肺の微細な病変を明瞭に描出できるため、初期診断や経過観察に非常に有効です。
ただし、CTスキャンの放射線被曝量はレントゲン検査より多くなるため、患者さまごとに病気の進行の早さを見積もって、適正なタイミングで検査を実施する必要があります。
塗抹検査・培養検査
非結核性抗酸菌症の診断を確定するためには、それぞれ別のタイミングで採取した痰の検査で、2回以上菌を検出する必要があります。
これは、非結核性抗酸菌が自然界に常在する菌のため、痰の中に偶然紛れこんでしまう(コンタミネーション)可能性があるからです。
肺にファイバースコープを直接送り込む気管支鏡検査で採取した検体の場合は、菌が1回検出されただけで診断を確定できますが、患者さまへの負担が大きい検査のため実際にはあまり行われません。
病巣が大きい割に痰が出ない患者さまでは、鼻から胃までチューブ(経鼻胃管)を入れて胃液を採取させていただくと、胃液から菌が検出できることがあります。
痰や胃液などの検体に含まれる菌の量が多い場合は、検体を顕微鏡で観察して、菌を直接視認できることがあります(塗抹陽性)。
塗抹検査で菌が確認できない場合は、検体を抗酸菌専用の培地に接種して、菌の培養を試みます。
非結核性抗酸菌の増殖は非常に遅いため、培養検査で菌が検出できるまでに数週間を要することがあります。
PCR検査、抗体検査
画像所見が肺結核と紛らわしいなどの理由で、診断を急ぐ必要がある場合には、肺MAC症についてはPCR検査で迅速診断を行うことが可能です。
ただし、環境中から紛れこんだ菌が検出されて陽性になってしまう(偽陽性)可能性があるため、結果の解釈には注意が必要です。
MACに感染している方では、血液中にMACに対する抗体(抗MAC抗体)ができていることがあるため、この抗体を検出することで、診断の補助とすることができます。
ただし、感染した方全員で抗MAC抗体が陽性となるわけではありませんので、陰性の場合には他の検査所見も含めた総合的判断が必要です。
4.治療
治療を必要とする病状かの判断
- 患者さまの年齢
- せき、たん、発熱などの症状の有無
- 糖尿病や肝臓、腎臓などの併発疾患の有無
- 病巣の広がり
- 病巣の長期的な拡大傾向
これらを考慮して、治療が必要な病状であるかを総合的に判断します。
治療で得られる利益が、副作用などで生じうる不利益を上回ると考えられる場合には、積極的な治療をお勧めいたします。
ご高齢で症状がほとんどない方の場合には、定期的な画像検査による経過観察をお勧めすることもあります。
薬物治療
非結核性抗酸菌症の薬物治療では、抗結核薬を含む複数の薬剤を、少なくとも1年間以上服用していただく事になります。
これは、非結核性抗酸菌症がもともと薬が効きづらい菌である上に、治療によってさらに薬が効きづらい性質に変化する(耐性化する)現象が起きやすいためです。
代表的な非結核性抗酸菌症である肺MAC症の場合、以下の3薬剤による治療が行われます
- リファンピシン(RFP):抗結核薬です。服用すると汗や尿がオレンジ色になりますが実害はありません。薬剤性の肝機能障害に注意が必要です。
- エサンブトール(EB):抗結核薬です。目の神経に炎症を起こすことがあるため、服薬中は定期的に眼科で検診を受けていただく必要があります。
- クラリスロマイシン(CAM):抗生物質です。代わりに類似薬であるアジスロマイシン(AZM)を使用することもあります。
治療開始後1-2ヶ月は、発疹や肝機能障害などの副作用が出現しやすい時期ですので、頻繁に通院して血液検査などを受けていただく必要があります。
治療の効果は、数か月間服薬していただいた後で、レントゲンやCTスキャン、喀痰培養検査などの結果をあわせて判定します。
服薬を終了するタイミングについては、専門家の間でも意見が分かれています。
アメリカの学会では、痰から菌が検出されなくなってから、少なくとも1年間は服薬を継続するように推奨しています。
実際の服薬終了の時期については、副作用や画像所見の変化なども考慮に入れて、主治医と相談しながら判断するべきと思われます。
服薬終了後も、病変の再燃がないか定期的に画像検査で経過観察を行う必要があります。
手術療法
病変が肺の狭い範囲に限局していて、その部分だけ切り取ってしまえば完治が期待できるような状態の場合には、手術療法が選択される事もあります。
手術の対象となるかについては、呼吸器内科、呼吸器外科、放射線科など複数科の医師が会議を行って決定するのが好ましいと思われます。
5.日常生活のご注意
非結核性抗酸菌症に感染する機会の低減
家庭内で非結核性抗酸菌が繁殖しやすいのは、以下のような場所です。
こまめに清掃して、清潔に保ちましょう
- シャワーヘッド
- 排水溝、排水口
- 浴槽の底
- 加湿器
- 熱帯魚などの水槽
また、農業やガーデニングで土と接触する機会が多い方は、土の粉塵から非結核性抗酸菌症に感染する可能性があります。
可能であれば、作業中にマスクを装着されることをおすすめいたします。
基礎疾患の治療
非結核性抗酸菌症の進行には、患者さまの免疫力と菌の毒性との力関係が大きく影響すると考えられます。
糖尿病や慢性腎臓病などの、免疫力の低下につながる基礎疾患をおもちの方では、十分な治療によって基礎疾患を良好にコントロールすることが大切です。
リウマチ関連疾患や悪性腫瘍などの基礎疾患をお持ちで、免疫力の低下を来すような投薬を受けておられる方では、非結核性抗酸菌症の進行が起こりやすい傾向にあります。
基礎疾患の治療の優先度や、お薬を減量できる余地があるかなどについて、医師同士で連絡を取りながら調整を行うこともあります。
6.いわつき三楽クリニックでの診療
非結核性抗酸菌症の画像検査、喀痰や抗体検査による診断、内服治療が可能です。
診断のために気管支鏡検査を必要とされる方には、呼吸器専門医が在籍する専門医療機関をご紹介させていただきます。