経口薬モルヌピラビルによるCOVID-19への治療効果

はじめに

2022年1月上旬現在、これまで落ち着いていた新型コロナウイルスの感染が突如として爆発的な拡大を始め、第6波への突入が鮮明な状況となっています。
全国の新型コロナ新規感染 7000人超 去年9月12日以来 (NHKニュース)

水際対策で国内への流入を遅らせていたオミクロン株が、市中感染で拡大を始めたタイミングと、年末年始で人流が増え、会食などの機会が多くなったタイミングが不幸にも重なってしまったのだと思われますが、あまりに急激な感染拡大のため、早くも病床の逼迫を心配する声が出始めています。
埼玉、感染者の8割がオミクロン株疑い 病床増やしても不足の可能性(朝日新聞デジタル)

これまでの海外からの報告によれば、オミクロン株の重症化リスクは、デルタ株と比較して50-70%ほど低いとされています。
WHO、オミクロン型の症状「軽い」 重症化リスク低く(日本経済新聞)

しかし、ワクチンの標的であるスパイク蛋白に多数の変異を生じているため、すでにワクチンを2回接種済みの人でもブレイクスルー感染する可能性があること、感染力がデルタ株のおよそ3倍ほどに高まっていることなどを考慮すると、オミクロン株が主体となる第6波の感染者数は、夏の第5波を大きく上回る可能性が高いと思われます。
オミクロン変異株の感染力、デルタ株の3倍 米CDC(CNN)

感染者数が大幅に増えれば、たとえ重症化率が低いとしても重症者の絶対数は増えることになり、地域の病床が逼迫すれば、第5波の時のように十分な治療を受けられず亡くなられる方が出る恐れがあります。
「第5波」自宅療養死、東京44人で突出…未接種が大半・30~50代多く(東京新聞)

このような状況において、事態を大きく変えうる「ゲームチェンジャー」として期待されているのが、感染者が自宅療養しながら治療できる、経口抗ウイルス薬です。
1月8日現在、欧米各国で認可されているCOVID-19向けの経口抗ウイルス薬は、モルヌピラビル(英国メルク社)とパクスロビド(米国ファイザー社)の2種類ですが、日本ではモルヌピラビルが12月24日に国内承認され、「ラゲブリオカプセル®」として投与可能になった一方で、パクスロビドはまだ承認申請が行われていません。

パクスロビドの重症化予防効果は、臨床試験の中間解析時点でおよそ89%と報告されており、ゲームチェンジャーと呼ぶにふさわしい有望な治療薬であると思われますが、残念ながら日本国内で使用できるようになるにはあと1-2ヶ月程度は掛かりそうです。
ゲームチェンジャーになるか:COVID-19経口薬パクスロビドが入院・死亡を89%減少(日経メディカル)

では、当面国内で使用可能なモルヌピラビルの方は、どの程度の効果が期待できるのでしょうか?
12月16日付けの The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE誌のオンライン版に、モルヌピラビルの第II相/III相試験の結果を報告した論文が掲載されましたので、今回はこの論文の内容を読み解いてみたいと思います。
原文(英語)や図表は、下のリンクからお読みいただけます
Molnupiravir for Oral Treatment of Covid-19 in Nonhospitalized Patients

※じっくり目を通すお時間がない方は、重要と思われる箇所を赤文字にしましたので、拾い読みなさってください。

試験デザイン

  • モルヌピラビルの安全性と有効性を確認する、第II/III相二重盲検プラセボ対照試験(MOVe-OUT試験)は、入院していない成人患者を対象に、2021年5月6日より開始された。
  • FDAの基準で軽症または中等症に該当する入院していない成人患者で、発症から5日以内、なおかつ少なくとも1つの重症化リスク因子を持つ患者を試験対象とした。
  • 重症化リスク因子は、①61歳以上、②活動性の癌、③慢性腎疾患、④慢性閉塞性肺疾患、⑤BMI30以上の肥満、⑥重篤な心疾患、⑦糖尿病 のいずれかとした。
  • 48時間以内の入院が望ましい患者、透析中の患者、GFRが補正値で30ml/分未満の腎機能障害がある患者、妊婦、ワクチン接種済みの患者などは対象から除外された。
  • 試驗中、解熱剤やステロイドホルモン、抗炎症薬などの投与は許容されたが、抗体薬やレムデシビルの投与は禁止された。
  • 被検者は、1:1の比率で実薬群とプラセボ群に振り分けられ、実薬群には1回800mgのモルヌピラビルが1日2回、5日間にわたって投与された。
  • 有効性に関する主要評価項目は、入院または29日以内の死亡の発生率とした。
  • 有効性に関する二次評価項目は、29日以内の症状の改善効果とした。
  • 安全性については、有害事象の発生率で評価した。

試験結果

  • 中間解析の時点で有効性が確認され、独立委員会の勧告で新規の症例組入が停止されたが、最終的に20カ国107医療機関からの1433人がランダム化され、実薬群とプラセボ群に振り分けられた。
  • 実薬群とプラセボ群の比較では、実薬群に女性がやや多かった(53.6%対49.0%)が、それ以外の要素(人種、重症化因子、重症度、感染の確認された変異株、既感染歴)には両群で差がなかった。
  • 重症化リスク因子としては、73.7%にBMI30以上の肥満があり、17.2%が61歳以上であり、15.9%が糖尿病を罹患していた。
  • 同定が可能だった症例における変異株の比率は、デルタ株58.1%、ミュー株20.5%、パイ株10.7%だった。
  • 中間解析の時点では、主要評価項目である入院または死亡の確率は、プラセボ群で14.1%(377名中53名)、実薬群で7.3%(385名中28名)であった。
  • 全体の解析では、主要評価項目である入院または死亡の確率は、プラセボ群で9.7%(699名中68名)、実薬群で6.8%(709名中48名)であった。
  • COVID-19による死亡は、プラセボ群で9名、実薬群で1名に認められた。
  • 二次評価項目である症状の改善については、実薬群でプラセボ群と比べて高い確率で改善が見られた。
  • 有害事象に関しては、実薬群とプラセボ群で差は認められなかった。投薬に関連すると思われる有害事象としては、実薬群で下痢が1.7%、嘔気が1.4%、めまいが1.0%に認められた。

論文著者らの見解

  • 発症から5日以内にモルヌピラビルを投与することで、入院または死亡のリスクを低減できる。
  • 投薬により、入院または死亡のリスクが9.7%から6.8%に低減されたことは、患者にとっても医療システムにとっても、公衆衛生的にも意義のあることである。
  • 中間解析時点に比べると、全体の解析でのプラセボ軍の入院/死亡率が14.1%→9.7%と大幅に低下したが、原因はよくわからない。地域の差やパンデミックによる病床の逼迫など、複数の要素が複合しているものと思われる。
  • 経口薬により診断直後に在宅で治療が開始できることは、COVID-19の診療に大きな助けとなるだろう。
  • モルヌピラビルの作用はスパイク蛋白の変異に影響を受けないため、この点で抗体薬と比べてアドバンテージがある。
  • ワクチン接種者のブレイクスルー感染に関するモルヌピラビルの有効性は、現時点で評価できていない。

院長の感想

モルヌピラビル(ラゲブリオ®)は、日本政府が160万回分を1300億円(1症例=10回分でおよそ8.5万円)で購入し、すでに全国の医療機関や薬局に配置しています。
投与対象は、この論文で採用された重症化リスクのほか、国内のいくつかのガイドラインなどで示された重症化リスクのどれかに当てはまる症例とされており、それぞれの患者さんが投与対象となるかを判断するのは、なかなか大変といえます。
新型コロナウイルス感染症における経口抗ウイルス薬の医療機関及び薬局への配分について(厚生労働省:pdfファイル)

この論文で示された、モルヌピラビルの入院または死亡の抑制効果は、およそ30%でした。
パクスロビドの約90%と比較すると明らかに見劣りするため、パクスロビドが国内で使用できるまでのつなぎ的な役割になる可能性が高いと思われますが、それでもオミクロン株の脅威に直面している日本にとって、一つの光明であることは間違いありません。

問題は、この臨床試験の対象者が、現在の日本国内での新型コロナウイルス症例と大きくかけ離れている点です。
臨床試験では、全症例がワクチン非接種者であり、70%以上がBMI30以上の肥満者、コロナウイルスは60%近くがデルタ株でした。
日本では、国民の80%がワクチン接種済みであり、BMI30以上の肥満者はめったにおらず、流行の主流はデルタ株からオミクロン株に急速に置き換わっています。
果たして、全く背景が異なる症例に対してモルヌピラビルは効果を発揮できるのでしょうか?
こればかりは第6波との闘いの中で、実際に使用して見極めていく他ないと思われます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。